Mika Ahola 1974 – 2012

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今日は2012年、練習中の怪我が原因で急逝したミカ・アオラの命日です。エンデューロ世界選手権にデビューしてから常にトップクラスを走り続けながら、あと一歩のところでタイトルを獲ることができず「無冠の帝王」とまで呼ばれました。最終戦までリードしながら、たった一回のエンスト、些細なマシントラブルでタイトルを逃すということが2年続いたこともあります。

2007年、ポイントリーダーとして最終戦フランスGPの初日を迎えます。、6位までに入賞すればタイトルが確定するという土曜日の試合。200km、7時間を、慎重に慎重に走ってタイトルを決めました。リザルトは4位でした。

当時のコメント。
「1日中緊張して、まるで自分ではない人間がライディングしているようでした。マシンを壊してしまうのが恐ろしくて、とにかく慎重に走りました。初めて優勝してから、11年間、この日が来ることを信じて戦ってきました。この日のことは決して忘れません」。

その後、2007年まで、 Honda enduro jolly racing Zanardoとともに世界選手権を戦い、5年連続のタイトルを獲得します。

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